ちと遅いですが、ヱヴァ劇場版の感想。総集編というか、リテイクなのは知っていたので、10年前に劇場に足を運んだ時のような、緊張感は当然なく。懐かしい青春を、久しぶりに思い出してあげようか、くらいのノリで見に行きました。
エヴァって、ストーリーの難解さが何かと取り上げられるけど、そもそも、映像クオリティが圧倒的で、描写にかける労力が半端じゃない。今回は、シンジが精神的に追いつめられた状態で、ライフルを打ちぬくシーンが秀逸。シンジが、「世界を救えるのは君だけだ」という状況を背負わされ、「なんで僕なの?」って震えながらライフルを握る場面が、今回のクライマックス。
そりゃ、そーだよ。単純に、「世界を救う」シチュエーションに燃えれる方がおかしくて、その責任の重さに恐れ、逃げ出したくなる方が100倍リアル。ガンダム以来の伝統的描写かもしれないけど、そのリアリティは何回見ても心を打ちます。「あ、庵野はあの時、コレがやりたかったんだ。」というのが、ハッキリ分かって良かった。
ヱヴァンゲリヲン新劇場版、残り3回。あの時、庵野がやり残したという想い、心残り、が詰まってるんだろうな。
最後まで付き合うよ。
エヴァって、ストーリーの難解さが何かと取り上げられるけど、そもそも、映像クオリティが圧倒的で、描写にかける労力が半端じゃない。今回は、シンジが精神的に追いつめられた状態で、ライフルを打ちぬくシーンが秀逸。シンジが、「世界を救えるのは君だけだ」という状況を背負わされ、「なんで僕なの?」って震えながらライフルを握る場面が、今回のクライマックス。
そりゃ、そーだよ。単純に、「世界を救う」シチュエーションに燃えれる方がおかしくて、その責任の重さに恐れ、逃げ出したくなる方が100倍リアル。ガンダム以来の伝統的描写かもしれないけど、そのリアリティは何回見ても心を打ちます。「あ、庵野はあの時、コレがやりたかったんだ。」というのが、ハッキリ分かって良かった。
ヱヴァンゲリヲン新劇場版、残り3回。あの時、庵野がやり残したという想い、心残り、が詰まってるんだろうな。
最後まで付き合うよ。
2007.10.27 _
テニス部、新人戦、県大会ベスト8。ベスト4の壁は厚いけど、これで春のシードに入れたから良かった。
いつものことながら、団体戦でベンチに座る時ほど、胃が痛くなる時はないね。プレー中は選手に声かけちゃだめだし、ピンチでも冷静を装わなければならないし。相手の技術と戦術を分析しながら、ベンチに戻ってくる選手に、「90秒で、どのポイントを、どういう言い方をすれば、1番効果的か。」を、カリカリ計算してたりします。
普段の部活は、高校生の生活を崩さないように、「短い時間で強くなるためには」って考えてます。昔から、「どうやれば相手に勝てるか」っていう勝ち方を考えるのは好きだったかもしれない。ゲームにしても、スポーツにしても、勉強にしても。でも、それって他人との勝負だから、小さいと言えば小さい話なんだけどね。それでも、世の中には、他人に勝たないと手に入らないモノもあると思うから。
とりあえず、部活の顧問として「勝ち方」は教える。それが仕事かなとも思う。道徳や精神論を語るより、「勝てた」っていう事実は人を成長させると思うから。もちろん、反則しても勝てばいいとか、そういう次元の低い話ではないし、負けたからって人間の価値は変わらない。
でも、ルールを守って、他人を尊重して、自分を肯定するために、相手に勝つ。時にはそういうコトも必要なんじゃないかと思うのです。
いつものことながら、団体戦でベンチに座る時ほど、胃が痛くなる時はないね。プレー中は選手に声かけちゃだめだし、ピンチでも冷静を装わなければならないし。相手の技術と戦術を分析しながら、ベンチに戻ってくる選手に、「90秒で、どのポイントを、どういう言い方をすれば、1番効果的か。」を、カリカリ計算してたりします。
普段の部活は、高校生の生活を崩さないように、「短い時間で強くなるためには」って考えてます。昔から、「どうやれば相手に勝てるか」っていう勝ち方を考えるのは好きだったかもしれない。ゲームにしても、スポーツにしても、勉強にしても。でも、それって他人との勝負だから、小さいと言えば小さい話なんだけどね。それでも、世の中には、他人に勝たないと手に入らないモノもあると思うから。
とりあえず、部活の顧問として「勝ち方」は教える。それが仕事かなとも思う。道徳や精神論を語るより、「勝てた」っていう事実は人を成長させると思うから。もちろん、反則しても勝てばいいとか、そういう次元の低い話ではないし、負けたからって人間の価値は変わらない。
でも、ルールを守って、他人を尊重して、自分を肯定するために、相手に勝つ。時にはそういうコトも必要なんじゃないかと思うのです。
2007.10.23 _
ブログって、日記と大きく違うのが、「他人の目」があること。人間は、他人の目を意識して初めて、人間関係の中での自分の立ち位置をつかみ、自立できるようになる。他人を意識しないひとりよがりの独自性は、自立ではない、と。
自分の立ち位置をわかるには、他人に記事を読んでもらうのも必要だし、自分と同じ考えの記事を見つけると、立ち位置がわかって「心から安心」できたりする。高校生の頃の自分がかわいそうだと思うのは、この点だな、と思います。その頃、インターネットやブログがあれば、自分の立ち位置がわからず、不安に怯えることも少なかっただろうな。
ところで、高校生から、「国語力をつけるには?」「小論文対策は?」って質問されると、「朝日新聞の天声人語を要約しなさい。」ってのが、まぁ昔からの模範解答なんだけど、今なら「1日1個ブログで記事を書きなさい。」かな。文字で、他人に発信する練習をつめば、国語力はつくでしょ。
ニュースを見て、自分が感じたり考えたことを書くというのは、他人が書いた記事の要約にはないダイナミズムと、志向性がある。そこに立ち現れるのは、生きている自己像であり、志向性で編集された自分のための知の集積である。
まぁね、国語力なんて小さな話だけじゃなくって、ブログって、色んな要素がつまってて、生きてる実感を持ちえる、人とのつながりを感じられる、いいツールだなと思います。
自分の立ち位置をわかるには、他人に記事を読んでもらうのも必要だし、自分と同じ考えの記事を見つけると、立ち位置がわかって「心から安心」できたりする。高校生の頃の自分がかわいそうだと思うのは、この点だな、と思います。その頃、インターネットやブログがあれば、自分の立ち位置がわからず、不安に怯えることも少なかっただろうな。
ところで、高校生から、「国語力をつけるには?」「小論文対策は?」って質問されると、「朝日新聞の天声人語を要約しなさい。」ってのが、まぁ昔からの模範解答なんだけど、今なら「1日1個ブログで記事を書きなさい。」かな。文字で、他人に発信する練習をつめば、国語力はつくでしょ。
ニュースを見て、自分が感じたり考えたことを書くというのは、他人が書いた記事の要約にはないダイナミズムと、志向性がある。そこに立ち現れるのは、生きている自己像であり、志向性で編集された自分のための知の集積である。
まぁね、国語力なんて小さな話だけじゃなくって、ブログって、色んな要素がつまってて、生きてる実感を持ちえる、人とのつながりを感じられる、いいツールだなと思います。
2007.10.18 _
んー、でもやっぱりログ(記録)っていう面は強いかな。しかも、そのログって、日記帳とかの「モノの記録」ではなくて、人と人とがつながった「心の記録」。大げさに言えば、自分が死んだ後も残る「生きた証」。
今の日本って、何かと満たされているから、簡単に生きれてしまうから、生きる意味を自分で探すか、作らなければならないんだけど、ブログってその一つになりえる。少し前までは、本を出版するとか、映画に出るとか、とてつもなく厚い壁を越えなければ、みんなの心に残るという意味での「証」は残せなかった。でも、ブログができて、ほとんど全員に「心の記録」を残せる道が開けた。これが革命でなくて何なんだ。
ブログの意味なんて言うと、自分が高校生で最も不安定な精神状態の時、学級日誌に自分が考えていたことを書きなぐったことを思い出します。自分の思想を教室のみんなに押し付けてたのか、啓蒙しなければという使命感からなのか、いずれにせよ、教室のみんなには不愉快な思いをさせてしまいました。その時にブログがあったら、ブログに書いて世間に発表してるんだろうな、と。
自分が考えを相手に伝えたい、というのは、人間にとってよっぽど根源的な欲求なんだろうな、と思います。高校生の時は、かなり必死だったからなぁ。そういう意味で、インターネット、ブログって、最高のポテンシャルを秘めた知的ツール。「人の革新」、「ニュータイプ」なんていう富野由悠季のSFも、インターネットの小宇宙で実現するかもしれない、なんて空想は許されますか?
今の日本って、何かと満たされているから、簡単に生きれてしまうから、生きる意味を自分で探すか、作らなければならないんだけど、ブログってその一つになりえる。少し前までは、本を出版するとか、映画に出るとか、とてつもなく厚い壁を越えなければ、みんなの心に残るという意味での「証」は残せなかった。でも、ブログができて、ほとんど全員に「心の記録」を残せる道が開けた。これが革命でなくて何なんだ。
ブログの意味なんて言うと、自分が高校生で最も不安定な精神状態の時、学級日誌に自分が考えていたことを書きなぐったことを思い出します。自分の思想を教室のみんなに押し付けてたのか、啓蒙しなければという使命感からなのか、いずれにせよ、教室のみんなには不愉快な思いをさせてしまいました。その時にブログがあったら、ブログに書いて世間に発表してるんだろうな、と。
自分が考えを相手に伝えたい、というのは、人間にとってよっぽど根源的な欲求なんだろうな、と思います。高校生の時は、かなり必死だったからなぁ。そういう意味で、インターネット、ブログって、最高のポテンシャルを秘めた知的ツール。「人の革新」、「ニュータイプ」なんていう富野由悠季のSFも、インターネットの小宇宙で実現するかもしれない、なんて空想は許されますか?
2007.10.12 _
ブログを書くって、何だろ。自分は日記(手書き)を書いたことがないから、1日の記録を残したいというのとは違うし。前は、ホームページと何が違うんだとか思ってたけど、どのパソコンからでも書き込めるというのは大きいね。「ネットにつながる」のが最低条件で、特殊なソフトはいらないし、アクセスの制限もない。梅田望夫が『ウェブ進化論』で言うところの「あちら側」(情報共有インフラ世界)の凄さを実感します。さておき、 ブログを書くって、自分の「頭の整理」という面がある。そこには、考えていることが整理されていく快感がある。言葉ってやっぱり、何かを整理するためにあるんだな、と。そして、その整理した情報を他人と共有することで、ブログは究極の「知的生産ツール」になりうる。知と知の相乗効果、創造的発展を期待することができる。そう考えると、言語を発明して以来、人類の進化もここまで来たか、、と、
いうことで、今日の整理は終わり。
2007.10.07 _
めちゃイケ、岡村のダンス乱入シリーズ(EXILE編)を見てました。しっかし、岡村はダンスうまいなぁ。このシリーズを見るたびに、「あいつは只者じゃない」とか思ってしまう。岡村は、小さい頃に体操教室に通ったり、ストリートダンスの大会に出ていたようす。
ダンス、音楽、美術とかって、他人との勝負じゃないんだよね。これらは、どちらかというと自分との勝負。もちろん、程度の問題で、はっきりとは分かれないけどさ。
俺、あんまり自分との勝負系でがんばった経験がないかも。あ、ピアノやってたけど小4でやめたし。ダンスもできないし、楽器も弾けない。それは今になると少し悔しかったり。。ああいうすごいダンスパフォーマンスを見た後って、自分もダンスができたらな、とか思う。鏡の前で自分と向き合って、好きなリズムに身を任せ、、うーん、憧れる。けど、自分には未知の領域すぎて少し怖いな。
「昴」(ダンス漫画)の世界観も憧れるし、ダンスとか楽器には、自分が見たことのない、感じたことがない世界があるような気がします。
ダンス、音楽、美術とかって、他人との勝負じゃないんだよね。これらは、どちらかというと自分との勝負。もちろん、程度の問題で、はっきりとは分かれないけどさ。
俺、あんまり自分との勝負系でがんばった経験がないかも。あ、ピアノやってたけど小4でやめたし。ダンスもできないし、楽器も弾けない。それは今になると少し悔しかったり。。ああいうすごいダンスパフォーマンスを見た後って、自分もダンスができたらな、とか思う。鏡の前で自分と向き合って、好きなリズムに身を任せ、、うーん、憧れる。けど、自分には未知の領域すぎて少し怖いな。
「昴」(ダンス漫画)の世界観も憧れるし、ダンスとか楽器には、自分が見たことのない、感じたことがない世界があるような気がします。
2007.10.06 _
社会人になってから、初めてテニスの公式戦。市が主催の市民選手権。午前中に部活をして、午後から試合会場へ。会場はクレーコートだから、気持ちがのらなかったんだけど、学校のクレーと違ってきれいのなんのって。デコボコしてないし、ライン際でもイレギュラーしないし。いーコート。
結果は、、8−9で1回戦敗退(社会人の市民大会だから、8ゲーム先取でした。初めてやった!)。ふぅ。ま、いいんだけどね。。久しぶりに他人とのガチの勝負は、緊張もせず試合ができてしましました。震えるような緊張感を味わうのも、試合の目的だったんだけど。。勝っても負けても何も関係ないからな。
久しぶりの試合は、打てない自分にフラストレーション、負けても悔しくない自分にイリテーション。年をとると、他人との勝負に燃えられなくなるのかな。試合のために練習してなかったとか、試合では思うように打てなかった、ってのも原因だろうけど。ともかく、カタルシスなく終わってしまった1日でした。まぁ、また試合に出て確かめてみます。
結果は、、8−9で1回戦敗退(社会人の市民大会だから、8ゲーム先取でした。初めてやった!)。ふぅ。ま、いいんだけどね。。久しぶりに他人とのガチの勝負は、緊張もせず試合ができてしましました。震えるような緊張感を味わうのも、試合の目的だったんだけど。。勝っても負けても何も関係ないからな。
久しぶりの試合は、打てない自分にフラストレーション、負けても悔しくない自分にイリテーション。年をとると、他人との勝負に燃えられなくなるのかな。試合のために練習してなかったとか、試合では思うように打てなかった、ってのも原因だろうけど。ともかく、カタルシスなく終わってしまった1日でした。まぁ、また試合に出て確かめてみます。
2007.10.06 _







































