今日、卒業文集のクラスページに寄せ書きを書きました。約30人の「みんなアリガト!」「1年間、楽しかったよ!」なんていう「ポジティブ&感謝」コメントの嵐の中、私が書いたコメントは、「和して属さず」。華やかなクラスページのトーンを落とし、完全に"浮いている""説教くさい"そのコメントは、担任、敢えての空気読まず。
そんな一言を唐突に言われても訳がわからないだろうし、「個人の独立と集団の和を、卒業しても大切に。」っていう補足があったとしても、慰めにもなりやしなぃ。でもね、それ私の「座右の銘」だから許してください。
出展は、エントリートップの本「非属の才能」と、孔子の言葉「和して同ぜず」。2つを足して「和して属さず」。中高の時、「周りと同じじゃない感じ方」に不安で、「周りと同じ感じ方」に憧れてた自分に送りたい言葉でもあります。
集団に協調はしても、精神的追従をすることはない。人の集まりに価値を置きながらも、個の独立は決して譲らない。この一見相反するテーマを、人間は矛盾せずに身に宿せることを、同じような悩み方をしている生徒に言ってあげたい。
そういう思いで教員やってるんだけど、残念ながら、そういう人生訓は今の所、あまり需要がないようです。もしあれば、いつでも聞いて。
答える準備はしてあります。
(関連)
・和をもって属さず - 書評 - 非属の才能
(関連エントリー:『和而不属』)
今年の卒業文集のクラスページに私が書いた言葉は、「和して属さず」でした。もちろん、孔子の「和して同ぜず」から引用した表現です。
2500年前に論語に書かれた「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」には、「優れた人は、他人と調和し争いを避けようとするが、他人にむやみに同調することはない。しかし、つまらない人は、自分の考えを持たず右往左往するだけで、全体の調和を考えることはない。」という意味があります。
もちろん、みんなには「和して同ぜず」を貫く人になってほしいと思っています。さらに、「和して属さず」としたのは、「人間にとって、社会の中での自分の居場所は一つとは限らない」ということを伝えたかったから。
個人が「属さず」、しかし集団と「和する」ことで、私たちは個人と集団のどちらをも尊重した社会を作れると信じているからです。
中学卒業おめでとう。そして、高校3年間を通して、さらに成長した君たちに会えることを期待しています。
2009.01.27 _
最近、クラス代表を決めるために、主張コンクールの原稿を読みました。みんな頑張って書いてくれたんだけど、「主張」が何なのか、わからない文も少なくなく。一通り読んでから、「主張の型を教えれば良かった。」と少し後悔しました。では、「主張の型」がある文章とは、どういったものでしょうか?それは「 問題提起 → 結論 → 理由 」の型がある文章のことです。
聞き手に「問いかける」ことによって問題点を共有し、自分の「結論」を述べることで主張を明らかにして、その次に「理由」を述べれば、聞き手はそれを結論と結びつけながら聞くことができます。
さらに、「具体例」を書くことで信頼性を増し、「反論に対する反論」を述べることで説得力を増し、最後に、もう一度自分の結論を確認すれば、聞き手は心から納得するでしょう。
ということで、まとめるとこうなります。
「 問題提起 → 結論 → 理由 → 具体例 → 反論の反論 → 再び結論 」
こういった小論文の書き方を丁寧に説明してくれているのが、冒頭の本、『非論理的な人のための論理的文章の書き方入門』。
ところで、こういった「説明文」とは反対に、日本には「日記文」が溢れています。日本でこれだけブログが流行っているのは、もともと日本語が日記を書くのにぴったりだから。
日記文というのは、この本の言葉で、「 事実 → 感想 」で構成されている文章のこと。「今日〜〜があったよ(事実)」→「そして私はこう思ったよ(感想)」ってパターンの文章。私のブログももちろん日記文。
でも、テストという場で、学生に求められているのはそういう日記文じゃなくて、説明文=本の著者がいう所の「クイズ文」なんです。
例えば、クイズ番組を思い出してみて下さい。雑学王とかヘキサゴンとか。まずは「問題」が出るでしょ。そして「答え」を発表してから、その「理由」を説明する。このクイズ番組の流れを含んだ文章がクイズ文で、そして、おすすめの「小論文の書き方」。
でも、いつもそういう文章で書けばいいってことではなくてさ。ブログをクイズ文で書いても攻撃的でギスギスした文になるだけだし。結論がはっきりしているから「味」も無いしね。楽しんで書く文=日記文で、主張を伝えるための文=クイズ文。この2つを使い分けれるとGOODかなと。
最近は、小論文を書ければそれだけで大学に入れたりするから、高校生は「小論文を書く」ことを真剣になった方がいいよね。そして、型を意識しなければ、いい小論文は書けません。だって、普段私たちが書いたり目にする日記文とは、まったく違う文章だから。
ちなみに天声人語なんかは、典型的な日記文です。あれを読んでいるだけでは、小論文は上達しません。もし天声人語を使うなら、その日記文をクイズ文に書き換える、とか。それなら練習になるかも。
というわけで、中高生に送りたい本の1つ。
(関連)
・名文より明快文 - 書評 - 非論理的な人のための論理的文章の書き方入門
2009.01.18 _
先生はリベラルな人で、私はそこに惹かれていました。その影響が、今の私にはあると思います。よく覚えているのは「"あなたは"そう思うんでしょ。」という先生の一言。自分としては「ついに世界の真理がわかったんですけど、先生はどう思いますか?」みたいな異常なテンションで話をするんだけど、先生からは「うん、それは、"あなたが"そう感じているっていう話ね。」という中立でフラットなお答え。
それは、「話としてはわかるけど、それを全体に当てはめるな」っていう至極まっとうな大人の意見であり。「そっか、俺は"世界"のことを考えていると思ってたけど、これは"自分"の感じ方なんだ」って、家に帰ってから納得したり。そうしたやりとりの中で、相対的な視点を持つことの意味を理解していったように思います。
先生から与えられた処方箋(本)としては、『民族という名の宗教』『権威と権力』『ことばと国家』など。これらの本は、今では自分のクラスの学級文庫として置いてあります。こうやって人の知恵は継承されていくんだなぁ。
あとは、高校の学習指導要領案の「英語で授業」についての話をしたり。先生は「英語で授業していたこともあった」とのこと。それでも、それはリーディングの中だけで、文法の説明は日本語でしていたそうです。全部英語はどうしたって理解の効率は悪いんだけど、全員でそうするっていうならいいかもね。変な文法用語や用法も淘汰されると思うし。さ、俺も準備しよ。
他に相談したのは、クラスの中の「個の尊重と、集団のまとまり」について。なるほど、経験に裏付けられた重みのあるアドバイス。
ということで、先生の前では私もまだ生徒だったという話。
よいお正月を。
2009.01.04 _
今回の帰省では、結婚式でスピーチをしてもらったお礼を含めて、高3の時の担任の先生の家に行ってきました。家に行ったのは高3時以来だから、10年以上ぶり。
玄関で帰るつもりが、家の中まで入れて頂き、お茶を頂くことに。教員としてはもう引退しているんだけど、今でもエジプト行ったり、インドネシア行ったりと、活動的な御方。私の担任であり、英語の先生でした。私が浪人してる時に、旅先のロンドンから手紙をくれたことも。ありがたいったらないですね。
私はよく先生の家で話を聞いてもらってたので、その話をすると、「(私が)家に来たのは5,6回かな」「夜の12:00までいたことも」とのこと。。「ええぇぇ!!それは、失礼しました!!」と私は恐縮しきり。そんなに迷惑かけてたとは思っていませんでした。自分がかけた迷惑は覚えていないもんですね(苦笑)
当時、私は、自分が考えたことを(理解してもらえるとは思えず)周りに言えないで、とても鬱積していました。「先生なら理解してくれる!」と思って、あることないこと"青くさい話"を聞いてもらっていたのです。
思い出して、先生がスゴイと思うは相手が言うことを「簡単に否定しない」こと、だったと思います。だから私も安心して話せていたんでしょう。学校だけでなく、自宅でまでカウンセリングまでしてもらって、本当に申し訳ないっす。。そして、圧倒的感謝!(続く)
玄関で帰るつもりが、家の中まで入れて頂き、お茶を頂くことに。教員としてはもう引退しているんだけど、今でもエジプト行ったり、インドネシア行ったりと、活動的な御方。私の担任であり、英語の先生でした。私が浪人してる時に、旅先のロンドンから手紙をくれたことも。ありがたいったらないですね。
私はよく先生の家で話を聞いてもらってたので、その話をすると、「(私が)家に来たのは5,6回かな」「夜の12:00までいたことも」とのこと。。「ええぇぇ!!それは、失礼しました!!」と私は恐縮しきり。そんなに迷惑かけてたとは思っていませんでした。自分がかけた迷惑は覚えていないもんですね(苦笑)
当時、私は、自分が考えたことを(理解してもらえるとは思えず)周りに言えないで、とても鬱積していました。「先生なら理解してくれる!」と思って、あることないこと"青くさい話"を聞いてもらっていたのです。
思い出して、先生がスゴイと思うは相手が言うことを「簡単に否定しない」こと、だったと思います。だから私も安心して話せていたんでしょう。学校だけでなく、自宅でまでカウンセリングまでしてもらって、本当に申し訳ないっす。。そして、圧倒的感謝!(続く)
2009.01.04 _
今年のお正月は、2人で山形で帰省しました。嫁は冬の山形が初めてだったから、新しくブーツを買うとか準備に余念がなかったんだけど、その準備も無駄に終わり。というのも、大晦日、元旦と、帰省中は雪が積もらなかったからです。でもアラレは降ってたし、曇り空だったけどね。それでも今年も冬の東北らしからぬ正月でした。今年の年賀状は、結婚式の写真を使ったものになりました。「私たち、結婚しました」年賀状は、披露宴と同じように、嫁がどうしてもやりたいモノということなので断ることもできず。
さすがに、それをここにUPすることはできないので、生徒に送った年賀状を代わりに登場させます。写真に写ってるのは、我が家に住みついている小さいクマの「白いヤツ」。
、、か、かわいい。
みんなにも、コレを送りたかった。
というわけで、今年もよろしくお願いします。
2009.01.04 _






































