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ブログを書き始めたのが2年前の9/3。この2年間を振り返ると、自分の中の問題意識や大きな葛藤はほとんど書き表した、という気がします。この180個くらいの記事を読めば、自分の主張やパーソナリティのベースは読み取れると思うし、これから先のブログは、たぶん同じことのくり返しになるでしょう。今は肩の荷が下りたという感触があるし、後は肩肘張らずに気楽に書ければなぁと思います。

ということで、自分のツイッタ長文からの転載(編集あり&ツイッタのは削除)。
言っていることは「いつもと同じこと」です。

(千葉県の5年間30億の不正経理のニュースを聞いて)役所の不正経理は、予算を繰り越しできず、使いきらないと来年の予算が減らされることから起こる。減らされたくない部署と査定したくない部署の、保身と利益が一致している。これは道徳の問題ではなく、仕組みの問題である。そして、仕組みを作ることがリーダーの仕事である。


という

2つ前のポストを見たら、自分が書きたかったことと、違うことを書いていることに驚いた。携帯からのポストだったのだが、携帯は文字をポチポチ押すのに時間がかかり、思考がまとまらない。考えていることに、文字が追いついてこない。

役所の不正経理のニュースを聞くたびに疑うのは、こういうことだ。役所の人たちは「人は、計画通りに動くべき」という強い「計画信仰」を持っているのではないか。人は、ある計画を立てて、それに従い動くことができると、心から信じているのではないか。

だから、計画が「計画通りにいかないこと」を組織全体が認められない。予算の繰り越しなんかあってはならないものだし、余った予算は事情を考慮されずに翌年から削られる。

さらに言えば、役所の人たちは「互いの利益が一致している」という「悪の意識」を背負って不正経理をしているのではなく、「計画は間違いなく行われるものだ」という「善の意識」に基づいて不正経理をしているのではないか。

だとしたら、もっとタチが悪い。悪は正せるが、善は正せないからである。いや、正すのに尋常ではない苦労を伴うからである。人が戦わなければならないのは人の悪意だけではない。


人や物事が計画通りに動くものだと信じている人は、きっと目的を遂行できない。朝令暮改は悪い意味の故事成語ではなく、「朝」に示した計画が動かなければ、「夕」にはその計画を変更する、という前向きな意味であるべきだ。常に最善手を考えようとする志があるならば、私たちは決して計画変更を恐れるべきではない。

…ははは、文面が気楽じゃないw

2009.09.14 _








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