
I can always make YOU SMILE.
私は、[ あなたが笑う ] をいつでも作れるよ。
→私は、いつでもあなたを笑わせられるよ。
makeの「無理やり感」は、こんな感じ。
いい画像見つけちゃった ( ╹◡╹)
(追記)
なんか、また、make O C の画像を見つけたので追加。
別に探しているわけではないのですが…

You make ME FLY★
あなたは、[ 私が飛ぶ ] を作る。
→あなたのせいで、私は飛んでしまう。
make はもちろん、いつもマイナスイメージというわけではないし、「させる」という訳に固定しているわけではありません。あくまでも、そういう「状況を作る」というだけ。女の子の強い気持ちが、make になって現れています。
I'm waiting for anybody who makes Me FLY to another world. See you someday☆
投稿者名:大西泰斗 タイトル: だんだん
いろんな意見が出てきましたね。少しずつ考えているところを。
割り箸、二酸化炭素。温暖化。どれをとっても現実には多くの意見があり、「割り箸を使わない」に私は賛成できかねますし、二酸化炭素が温暖化の引き金になっているという意見にも両手を挙げて賛成というわけではありません。世間で事実と「言われている」ことと、客観的事実の間には、一般的に大きな開きがあります。
私が学生に身につけさせたいのは、自然を相手にする力です。「割り箸」「二酸化炭素」。それはすでに二次的な加工物にすぎません。生のデータを扱い、そこから正しさや幸せをつかみ取る独創性ということでもあります。ミミロップさんのかわいいお子さんに、僕だったら何を伝えるだろうと考えると、バイアスのかかった結論ではなく、モノをみる見方。自然への処し方以外にないような気がします。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: だんだん2
おくさんの選択肢の1つ、「実社会を意識した(負の面も含めて)トレーニングの場(が教育)」に関しても、僕は違和感を感じています。現実の社会や会社組織、仕事上のルーティーンは、すべて二次加工物です。私には、そうしたものに適応するための訓練が教育の本質だとは思えません。
教育とは常に、「今にないモノ」に放たれた好奇心の矢であると思います。気の利いたビジネスマンや株式投資がうまい新入社員はいくらでもいますし、代替可能です。未来を切り開く人々はそうした既存の枠組みへの適合を目標とした教育からは生まれてこない。私はそう思います。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: ありがと
>にゃんこさん
割り箸問題、私がことば足らずのところをありがとうございました。「自然—->人間が手をつけない」、こうしたわかりやすいスローガンも実は客観的に事実を精査して見なければ正しい方策には結びつかないということは、たいへんよくあることだと思います。スーパーのレジ袋しかり。二酸化炭素は、僕より算数Kさんの方が詳しいかな。
データを精査し、小さな疑問を掘り下げる。そして全体像を理解する。ミミロップさんのお子さんはいい方向に進んでいますね。その営みが創造力として大きく実を結ぶのは、数学・国語を初めとした基礎的な教育の積み重ねに支えられたときであると思います。「どう」数学を教えるのか。「どう」国語を教えるのか。こうしたことは今まであまり(私たち一般の)議論に上ったことはないように思います。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: 同様に
「英語を日本人が全員話せたらいいな」、という誰もが受け入れやすいスローガンに誤謬はないのか、を私は最近考えていたりします。
良いアイデアがあったら、教えてくださいね。経済の専門家にも意見をきいてみたいところです。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: うん。
>ミミロップさん
日本の割り箸は間伐材でつくられるから豊かな森作りに発展する。
中国の割り箸は皆伐方式でつくられるから森林破壊に発展する。
日本の割り箸のほとんどは中国から輸入されている。
ここから出てくる帰結は、「輸入から国内産業にシフトする」ですね。するとコストをどこで吸収するのか、どのように安い割り箸の輸入を制限するのか、などいろいろ解決策は分岐していくことになるでしょう。
あるいは安いから海外依存でいいのかという問いかけにもなるでしょう。数多ある情報から自分の足で立つと言うこと。それは、新聞を読むこと(だけ)でもなくネットで情報を拾うこと(だけ)でもなく、最終的に自分で考え抜いて判断を加える力をもつことです。
ま、そーゆーこどもに育ってほしーけど、親としてできることはあんまりないよねー。「自分でがんばれ」くらいかなー。僕がいつもいうのは「それは聞きかじりだよね。自分で考えてごらん」ということだけです。
投稿者名:大西泰斗 タイトル:これからの英語教育4
英語教育も同じです。「英語話せてグローバル」で話がとまることは、四方山話なら許されることであっても、次世代の子供達の幸せを考えた場合、許されません。問題ははるかに複雑に分岐するのです。思わぬ不幸な事態も招来するかもしれません。たとえば、
私がビジネスエリートとよく話題にするのは「英語を話せるようになるということは、国を開くということだ」ということです。日本は海だけでなく、ことばのうえでも守られているということです。英語ネイティブが日本語を学習するのはアラビア語並にむずかしいことです。それは、交流を阻害します。そしてそれは悪いことばかりでなく国の雇用と産業を守る独自の「非関税障壁」にもなっているのです。労働者・グローバル企業の参入をむずかしくしているから。
アメリカで、特にCAでは、熟練や資格を必要としないマクドナルドの売り子などの労働者は、ヒスパニック系が支配的です。彼らの安価な労働力に経済全体が依存しているのです。そのことの是非はともかく、日本人の誰もがカンタンな日常会話力を持った場合、安価な外国人労働者が今よりもはるかに増大することになります。日本語でなく簡単な英語で仕事ができるなら、誰でもできるということですから。そしてそれは、行政コストの飛躍的増大と日本人の雇用減少を意味します。
シンガポールのような国を英語教育のモデルとする方も多く見られます。ですが、その議論で支配的なのは「英語が話せればグローバル」であり、決定的に脱落しているのは、「英語」を私たち全員の幸福という角度から見るということです。外に目を向けなくては経済が維持できない国と、十分な国力と人口を有する国の言語政策を十把一絡げに論じることはできません。
「英語ができたらグローバル」、短絡的な標語が押し隠していることは多々あるのだと私は思っています。それなら自分には何ができるか、をいつも考えています。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: はは。
もちろん、他にもさまざまなファクターは絡みます。「英語ー高校英語」は一国の言語政策ですからね。大切なのは、短絡的なスローガンではなく、さまざまな思考実験と論証を重ねたうえで決定すべきだと言うことです。私が書いたことも結論ではなく、単なる1つの思考実験に過ぎません。英語教育に携わる人間だけでなく、さまざまな分野の叡智を集めて作戦会議をすることが大切だと思っています。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: はは。
「危惧」が生まれるのは、どこかでボタンのかけ違いをしているように思えるからでしょうね。おそらく「文法」についての考え方が奇妙なのですよ。
(a) 会話はブロークンで文法気にしなくていい。積極的にやってください。
(a’) 英作文や読解はいつものように文法気にしてくださいね
(a) と同時に(a’) が感じられるから「解釈の違いによってバラつきが出てくるんじゃないか」となり、全体としての方向性が見えないのです。
「文法」を現状から動かないと考えていることから、このちぐはぐは生まれます。「実践的なコミュニケーション」の邪魔にならず、同時に英作文・読解の素地となる「文法」を作ればいいだけのことです。「文法はいらない」「英語は「勉強」しなくていい」などの極論が生まれる素地は、「文法」を固定して考える怠惰から生まれていると私は思います。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: うん。
>おくだんなさん
問題は「文法・語句をきめ細かに」が、「どのように」きめ細かいのか、ということになりそうですね。会話に使えない形できめ細やかになっているのではないか、ということです。それは同時に英作文でも解釈でも使えないきめ細やかさなんですよ。
今僕が懸命にやっていることは、ムダなきめ細やかさを排除して、必要なきめ細やかさを補足するということです。いち教員としてやらなければならないことはたくさんあるように思います。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: ことばの先にあるもの
は、おそらく明確な目標設定です。一般的な日本人の人生を考えたときに、英語学習にかけていい時間の総量。どのレベルまでのトレーニングが必要なのか。どの項目はその後の自助努力に任せるべきかの裁量です。たとえば「ifのない仮定法」と呼ばれる形—-Had I known… などですが—-この形は、最近読んだ750ページのペーパーバックで1文にしかでてきませんし、僕が自分で使うときも Should you wish … くらいでしょうか—-こうした滅多に出てこない特殊な形を残すのかどうか。…まぁ「退場」でしょうね。はは。
学校英語は、ネイティブがほぼ使わないような文を解説する場ではありません。そんなことは限られた時間の無駄遣いです。彼らの常用域にある当たり前の文を当たり前にアウトプットできる、それを目標とすれば整理できる内容は多々あります。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: 英語教育
>おくだんなさん
英語教育は問題山積ですね。僕の求めているのは ENGLISH ON DEMANDという理想です。ピザを頼むように、身につけたいときに気軽に英語を身につける方法論を求めています。それができれば英語を学校の正課からはずしてもいいと思っています。英語にはさまざまなファンタジーがまとわりついています。日本人の人生にとっての本来の「価値」を正しく測ることが、英語教育を考える第一歩になるように思えます。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: ははは
>Brainさん
この部分は、ネイティブあるいは日本語とのバイリンガルに対する聞き取りです。両方母国語なら文作りの意識のちがいが鮮明になりますからね。
また、状況を文のパターンが規定する以上、そしてパターンが数種類しかなければ、文作りはその選別から入る(=パターンの構築から入る)以外に論理的な方法はない、という結論でもあります。状況を(漠然とでも)浮かべずに口から文を出すことはできませんから。
「脳科学」に関しては、現段階では期待はしていません。逆の ---経験的な分析から脳科学への---貢献はできるように思いますが。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: そうですね
公教育としての英語は、ハードルを下げるべきだと思っています。誰も達成したことのないハードル---例外などの微に入り細に穿つ内容は、まるで必要はありません。簡単な仕事のプレゼンもできないのにがox --> oxen! など覚える必要はまるでないのです。私は日常英語を使って生活をしていますが、oxen を書いたことはありませんよ。よしんばoxes と書いても、頭をかいておけばそれでいいのです。このようなムダな完璧主義にとらわれるから、何も表現できないまま、子供たちは英語が嫌いになっていくのです。
意思伝達ができる。英語を気軽に口に出来る。公教育が提供する能力はそれで充分だと思っています。あとは、職業生活の土台となる、他の教科を徹底的に鍛える。一念発起すれば、英語などすぐに身につくシステムさえあれば、それが可能になる。
だからバイエルに執着しているのです。
ベッド 22%
風呂 29%
…
会議室 0% (゚∀゚*)
最後のカット、サイコーw
最初、アップルのCMかと思いました。テンポとか、音楽とか。
フリスクのCMもコンスタントにおもろいなぁ。
投稿者名:旧姓やま タイトル: 学校用教材とか
えっと、前に”やま”で書き込んでいた者です。テレビ出演の件、気付くのが遅れてしまい、慌ててテキストを買って、慌てて周知・広報活動している所です。
4年前、大西先生がテレビに出演した時は、テキストを100冊買って進路指導室前に置いたりしてましたが、今はそこまで若くなく、黒板に番組日時を書き、テキスト10月号を見せながら、「必ず見るように。これは義務教育です。」なんて言って回る程度です。
さて、大西先生がこれだけのパブリシティを手にした今、次に期待してしまうのが「学校用教材」の執筆・監修です。
なぜなら中学高校で、教科書や副教材として採用するのは、一般向けには発売しない学校用教材がほとんどだからです。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: 久しぶり
>やまさん
うっす。久しぶり。元気かな。
広報活動ありがと。学校用教材。僕のなかでは、もう少し後の予定だったりしてました。というか、最後の「金」かな。学校英語、今はとても詰みません。玉の目の前に金をただ置いても、とられて終わりだからね。今は遠目から「桂馬」を打ち込こもうとしています。桂馬が効いていれば、金はそれこそ全員で置ける。やまさんを含めてね。
がんばろーな。
投稿者名:旧姓やま タイトル: 詰めに至る桂馬
>大西先生
どうもです。久しぶりに書き込みました。
>今は遠目から「桂馬」を打ち込こもうとしています。
なるほど。詰めるためには退路を断ってから、ということですね。気持ちが先走り、失礼しました。ただ、私はやはり、最後の金を打てるのは大西先生だと思っています。
江川泰一郎を将とした、伊藤和夫が露払いの、桐原FORESTダイナスティが倒れない限り、現状は変わらないと思うからです。ほら、日本人って民による「市民革命」が苦手じゃないですか。
私の中のイメージは「大西泰斗という黒船が、洋上から大砲打っている」感じです。しかし、まだ「上陸して本丸を制圧」は、していない。
投稿者名:旧姓やま タイトル: 英文法@ハート
もちろん、先生の金を待ってるだけでは、自分の努力がなさすぎなんですが、なんせ歩ですからね。金になる日も来なそうな。だから「先生、金を打ってくれないかなぁ」なんて弱音をはいてるわけです。なんか、サーセン。(reduction in Japanese:これも先生に教えてもらったんだよなぁ…)
ちなみに、前の投稿を読み直したら意味不明なので、チャートのリライト。
大西泰斗監修の学校用教材(金)採用
→「英文法@ハート」がわかる = 教材がわかる = テストができる
→「英文法@ハート」が普及する
→ みんなHappy, Happy, Happy!
これでお願いします(^-‘)☆
投稿者名:旧姓やま タイトル: 「同格」押し
ところで、テキストの「修飾のルール」の「後ろから説明」の話なんですが(文法の話題失礼)、私は「説明」の代わりに「同格」という言葉を、これから「押し」で使おうかなと思っています。
説明という単語は一般的すぎて、私の「心に当たらない」ので、代わりに同格。記号で表すと「限定:A⊂B」、「同格:A=B」ですかね。
私と同じように、同格という言葉の方が「当たる」子も中にはいると思うので、私ができるとしたら、大西先生の大砲が当たるように、的の近くで、的に合わせて微調整するくらいかもしれません。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: 同格
うん。教室で教えるときには、いくつかちがったことばを用意しておかなければなりません。人によって響くことばはちがうからね。正確に言えば、a-b の配列で、限定は a-b ⊂ b、説明は a ⊂ b、特殊ケースの同格は a=b という包摂関係になります。ただざっくりとした日常的なことばでは I’m a student. を I ⊂ student(x)と言っても I = student と言っても同じように受け取られるので、「同格」がわかりやすいならそういってもいいと思いますよ。
投稿者名:旧姓やま タイトル: 日常的な意識では
>限定は a-b ⊂ b
私はこれが読み取れないのですが、A⊂Bは違うってことですね。確かに含まれるじゃ変ですもんね。
私が表したかったのは「限定:A<B」だったかもしれません。「範囲の狭い単語Aが、より広い単語Bの前に置かれ、フォーカスを絞り込む」という修飾のルール。red(狭い)< tie(広い)のように。
>説明は a ⊂ b、特殊ケースの同格は a=b
これも、そうなんですよね。本来は、He ⊂ lives in London.とか、We had a party ⊂ last night. なんだと思うんですが、「ざっくりとした日常的なことば」の意識では、He = lives in London.とか、We had a party = last night. でも、そんなに変わらない気もします。
ということで、しばらくは個人的に同格という単語で考えてみようと思います。
場所違いな書き込み、申し訳ありません。ご教授ありがとうございました。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: それはね
a-b ⊂ b 「限定」
というのは、たとえば pretty girls はgirls のなかのpretty な人たちだから、pretty girls はgirls の真部分集合になるってことです。限定だよね。
同格というのはいーかもしんないよ。それにピント来る人もいそうです。
教材については、少し詳しく解答しますね。
投稿者名:旧姓やま タイトル: なるほど
解説してもらったら、
>a-b の配列で、限定は a-b ⊂ b、説明は a ⊂ b、特殊ケースの同格は a=b
が読めるようになりました。重ねてありがとうございます。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: 最後の金は
やっぱり現場で、かな。遠目からキチンとした桂馬が効いていれば、副教材の内容は至極単純になると踏んでいます。それにね。やはり学生にとってどこがむずかしいのか熟知している、現場の人が作らないときめ細やかなものはできない。どこをアツクすべきか、どの項目は薄くてだいじょうぶなのか、という現場ならではの判断が必要です。
ま、桂馬をキチンと打ったら、あとはお手伝いをいろいろしようと思っています。やまが書くなら監修は引き受けてあげるよ。
投稿者名:旧姓やま タイトル: …
ぎゃぁー!
……?
ギャァァー!!
…すいません、取り乱してしまいました。。
畏れ多いお言葉、ありが…、いや、恐ろしいッス!
とりあえず、頭の整理がつきませんw
気の利いた返しもできません!
大西先生の桂馬とか、超ツヨイジャナイデスカ!!
単独デ王将取レルジャナイデスカ!!!
>やまが書くなら監修は引き受けてあげるよ。
恐縮シマス。ヒザガ震エマス。
精進します!
投稿者名:旧姓やま タイトル: いや…あの…その…
前ツリーの続きの話を失礼します。投稿って25個までなんですね。
>にやりさん。
>ジェンヌさん
いや、あのですね、「精進します」というのは、大西先生にそう声をかけてもらえるにふさわしい人物になるように、全く足りない英語力も含めて、「精進します」ということですので、あの、何ですかね、応援します、とかそういったお声かけはありがたいんですけど、そういうことではなくってですね(^-^;;) …かなり、ビビってます。
さ、明日はテレビ楽しもうっと。
投稿者名:大西泰斗 タイトル: はは
さっさと書けとゆーことだよ。はは。
来年度中が目標な。
投稿者名:旧姓やま タイトル: ゆめゆめ
>大西先生
いや、あの…もう冗談が冗談に聞こえなくなるので、その辺にして頂いてデスネ。。いや、でも実際、自分の色々なことが片付いて余裕が生まれたら、そういったことに興味がないわけではないんですけどね。ですが、それがそんなに近未来のお話だという風には、小生ゆめゆめ思えないのでございます。
さ、明日はテレビ楽しもうっと。
投稿者名:旧姓やま タイトル: 遠く
えっと、前に投稿してから、先生のブログの記事「本のお仕事」を読みました。
>言うべきことを忘れたふりをする。そんなことはとてもできなかったから。
…響くなぁ
私もそれだけはできる気がしません。そして本を一冊作るということに、どれだけの葛藤が付随しているかも、素人ながら想像できます。そこには軽々に踏み込めない一線がある、ということも。
でも
遠くはみつめてますよ。
投稿者名:旧姓やま タイトル: RPG風
番組のキャッチーすぎる設定を影ながら心配してたんですが、杞憂でした。おもしろー。
まじめな話に色が付いててバランスがあって、語り手と場面のスイッチングにテンポがあって、抜群。FFは5以降やってないですが、FF10のレベル上げスフィア盤みたいなのもありましたね。それは全体像を見せつつ達成を振り返り、学習者に成長を感じさせる戦略的な演出ツール。NHKらしさを残しながらも、決してNHKらしくないRPG風語学教養番組。
2人で協力して自分たちを導き、容易に正しい答えにたどり着く"理想的な"生徒たちに違和感を感じましたが、あんな風に導かないといかんのですよねー。精進しよー。
残り11回。
(追記)
掲示板のログを足してます。記事が長くて、携帯で見てる人がいたらサーセン。
NHKテレビ 3か月トピック英会話「ハートで話そう!マジカル英語塾」
講師:大西泰斗
放送:2009年9月30日(水)午後11:10より放送開始
再放送:翌週水曜日 午前6:40〜7:00、午後0:40〜1:00

http://www.englishatheart.info/info/index.html
日本の学生は、この番組を見る義務があります。
(一般入試を予定している高3は見ないでね。受験前に見るものじゃないから。録画して、大学に入ってから見るように。)
えっと…マントを着た・マジカル英語塾の・日焼けした・怪人風男性の番組なんて、怪しいって?
Non, Non, Non.
彼こそ、まごうことなき日本の英語教育会のトップランナーです。大西先生が諭し、示した道は革命に近いんだよ。知らないと思うけど。
詳しくはココ : 大西泰斗 (Wikipedia)
テキストも売ってます。380円。そういえば、4年前、大西先生が始めてテレビに出た時、このNHKテキスト100冊買って進路指導室前に置いたなぁ。若かったから、やることに勢いがあるね。はは。今はそこまでしませんが、代わりにブログの大告知。
とりあえず見なさい。これが義務教育。
(太字・省略は引用者による)
クローズドな環境でものをいうのが、努力。そこに内輪しかいなければ、たとえうまく行かなくとも、努力していれば「仕方がない」と許してもらえる。オープンにするというのは、思い通りに行かないことを受け入れること。
成功して当たり前の時代から、失敗して当たり前の時代へ。
そういう時代にうまくやっていくには、「以下に速く失敗し、以下に早く反省するか」しかない。なぜオープンなのか。その方が速く失敗し、早く反省できるからだ。「うまいやり方」がはじめから分かっているのであれば、クローズにして「ノイズ」を減らした方がいいに決まっているではないか。
有権者が「失敗許すまじ」一辺倒だとしたら、政府の態度もまた元の木阿弥だろう。
なぜオープンに抵抗があるかといえば、「とちり」が怖いから。なぜオープンにするべきかといえば、「とちり」恐怖症を克服するべきだから。私が「あの」公約反故を他の公約反故より気にするのは、結局「とちり」を許さない国民に、「とちらない」ことで答えようとする政府が変わらないと感じたから。
お互い、「とちる」ことにもっと慣れる必要があるのだ。
政治家に限らず、自ら語り、自ら正すことが当たり前となる時代に、「正しい答え」テンプレートにそった言葉しかもたぬ者は不要を通り越して有害である。政府の間違いが政府にしか直せないのであれば、民主主義は不要を通り越して無駄である。
なぜオープンなのか?
速やかに間違い、速やかに直すためだ。
それだけのことである。:Why Open?
これと同じ話なんだけど、就任会見で鳩山さんが「試行錯誤の中で失敗することもあろうかと思うが、国民には寛容であってほしい」と言ったことに対する批判が多かった。「最初から失敗するかも、なんて何事か!国政を預かる立場にある人が言うべきことではない」という批判だ。
ナンセンス。
そんなことが言えるのは、世の中には正しい答えがあり、それを間違いなく実行できると純粋無垢(ナイーブ)に信じている人だけだ。やってみなきゃ、成功するかどうかなんてわからない。
早く失敗して、早く修正する。
すぐにでも、これが私たちの新しい常識にならなくてはならない。
誰もブログに書く必要がないくらいに。
ということで、自分のツイッタ長文からの転載(編集あり&ツイッタのは削除)。
言っていることは「いつもと同じこと」です。
(千葉県の5年間30億の不正経理のニュースを聞いて)役所の不正経理は、予算を繰り越しできず、使いきらないと来年の予算が減らされることから起こる。減らされたくない部署と査定したくない部署の、保身と利益が一致している。これは道徳の問題ではなく、仕組みの問題である。そして、仕組みを作ることがリーダーの仕事である。
という
2つ前のポストを見たら、自分が書きたかったことと、違うことを書いていることに驚いた。携帯からのポストだったのだが、携帯は文字をポチポチ押すのに時間がかかり、思考がまとまらない。考えていることに、文字が追いついてこない。
役所の不正経理のニュースを聞くたびに疑うのは、こういうことだ。役所の人たちは「人は、計画通りに動くべき」という強い「計画信仰」を持っているのではないか。人は、ある計画を立てて、それに従い動くことができると、心から信じているのではないか。
だから、計画が「計画通りにいかないこと」を組織全体が認められない。予算の繰り越しなんかあってはならないものだし、余った予算は事情を考慮されずに翌年から削られる。
さらに言えば、役所の人たちは「互いの利益が一致している」という「悪の意識」を背負って不正経理をしているのではなく、「計画は間違いなく行われるものだ」という「善の意識」に基づいて不正経理をしているのではないか。
だとしたら、もっとタチが悪い。悪は正せるが、善は正せないからである。いや、正すのに尋常ではない苦労を伴うからである。人が戦わなければならないのは人の悪意だけではない。
人や物事が計画通りに動くものだと信じている人は、きっと目的を遂行できない。朝令暮改は悪い意味の故事成語ではなく、「朝」に示した計画が動かなければ、「夕」にはその計画を変更する、という前向きな意味であるべきだ。常に最善手を考えようとする志があるならば、私たちは決して計画変更を恐れるべきではない。
…ははは、文面が気楽じゃないw
携帯でモバツイッターを操作してたら、あるつぶやきを削除してしまった。「ながら」で携帯を触ってたので何の記事を消したかもわからない。他人にとっては取るに足りないつぶやきだが、自分自身の「ひとかけら」を消してしまった感覚になった。
人は、自分が考えたことでも忘れてしまう。それほど悲しく、楽観的な生き物だ。だから私は、文字で残そうとするのだろう。その残した文字は「自分の輪郭」をはっきりさせてくれるものだと感じるからだ。消してしまったつぶやきは、幸いにもオフライン作業でPCのキャッシュから復元できた。
ということで、3つ前の記事は9/6にポストしたのを復元したものである。くり返しになるが、こういったつぶやきは後で見ることに価値がある。自分の思考を追体験できるからだ。ツイッターのログを残す方法はデフォルトでは用意されていない。何かしら用意しようと思った今日の夜である 。
Never again...
(追記)
「いいなぁ」と思ってたサービスが、新規登録を再開していました。最初、人が集中しすぎて停止してたんだココ。自動で記録してくれるようだし、csv, xmlの形式でローカルにも保存できます。これでおK。
➤➤ twilog
http://twilog.org/





































